iPS細胞アルアル?
京都大学大学のチームがⅠ型糖尿病の治療法として、健常人の細胞から誘導した「血糖値を下げるインスリンを分泌する細胞」を作り、シート状に加工して患者様に移植する治験を来年2月にも始めるという報道がありました。以下の内容は、ネットで入手できる報道を元に書いていますので、学術的に齟齬がありましたら、お詫び申し上げます。
「血糖値を下げるインスリンを分泌する細胞」とは恐らくランゲルハンス島のベータ細胞だと思います。いわゆる実質臓器である膵臓の疾患であるⅠ型糖尿病は、インスリンを生理的に患者様に投与できれば一定のQOL(Quality of life)が確保できるということで、既存の自己注射に代わる技術として、人工膵臓(持続的、あるいは、食事に応じてインスリンを投与する装置)やランゲルハンス島由来の細胞(ラ島細胞)を体内に移植する研究が、半世紀以上前から実施されてきました。
ラ島細胞の移植に関しては、最も問題となったのは免疫拒絶です。つまり、折角移植したラ島細胞が、患者様の免疫系の攻撃を受け、直ぐに機能を失ってしまうという問題です。この問題を解決するために、先達の工学者達が色々な優れた試みを世に出しましたが、残念ながら臨床には根付きませんでした。期待された技術は、ラ島細胞を膜で包むことで、この場合の技術的課題は、分子量約6,000のインスリンを完全に通し、分子量約25,000の抗体は全く通さないことであるわけですが、これは理論的に達成不可能なことが分かっていて、現実的には「折り合い」を付けた設計が必要となります。しかしながら、その「折り合い」の機能を有する膜を人工的に作ることすら極めて困難です(逆に言えば、それが研究開発要素であったわけですが)。
さて、今回の報道の件です。iPS細胞の最大の特徴は、ドナーの遺伝的要素(genomics)と、これは議論が分かれるところですが、環境的要因(phenotype)を有することで、臨床的には免疫拒絶が無いこと、基礎医学的にはドナーの疾患を再現できること、がiPS細胞を利活用する際の利点です。今回の報道を聞いた際、患者様の細胞からiPS細胞を作製し、ラ島細胞を誘導するのかと思いましたが、ネットで見る限り、健常人由来ということです。ならば、本質的問題、免疫拒絶はどうするのか?が疑問です。繰り返されている「アルアル」と私には思えてなりません。
山中先生が2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞して以来、我が国はiPS細胞の研究に多大な国費を投じてきました。時の総理大臣の安倍晋三氏は、無記名の小切手帳を渡したと揶揄されました。それから10年以上、「iPS細胞で○○が可能となった、3年後の臨床応用を目指す」という報道を山ほど目にしました。勿論、パーキンソン病や重度の軟骨疾患、あるいはある種の家族性疾患や輸血に伴う重度の副反応など、に対するiPS製品が世に出たり、出つつあるのは事実です。しかしながら、費用対効果とiPS細胞の特性を考慮した判断が重要です。iPS細胞は、患者さんの特性を反映できるということが最大かつ無二の利点で、その点に特化した資源投入が必要です。